旦那・女将のとっておき話「鮨屋の休日」

30年前、英語の辞典に初めて乗ったそのままの日本語の一つ、それが「寿司sushi」だった。

当時英語圏では”sushi”はまだもの珍しい東洋の食べ物だった。

何せ生の魚を持ってご飯と合わせ握った食品は「ニホン通(つう)」と言われたニューヨーカー*(”yuppie”)にとっても奇異なものに映っていたことだろう。

勿論人の文化は食文化と深い関係があり、常に新しい刺激を求めている側面もある。
今も経済人や忙しいビジネスマンの取る簡単な食事の必要性は往時も必須であったその背景こそが”sushi”を今日のようなこの地位までに昇華させた一因とも考えられる。

コース料理を堪能している時間がまだるっこく感じたのだ。
古くを見れば、Burilla Sabarinブリア・サバラン:フランス(1755~1826)の著した『Physiologie du Gout~美味礼賛』にある通り『新しい星の発見よりも、 新しい料理を発見するほうが人間を豊かにする』とある。

ひさしく日本橋高島屋の食料品売り場でいただく大きな袋にはっきりとこの文言がプリントされていたことに気づく方もおいでになるでしょう。
穿った見方をするならヴァスコ・ダ・ガマが胡椒を求めて喜望峰を回り、アメリゴ・ヴェスプッチもまた新大陸へと誘った基(もとい)には新しい食材やその光り輝く土地を求めて止まない貪欲なほどの人間のサガがあったのだと思えてならない。

ヒトが「生きる」と言うのは=>「食べる」こと。そんな生理こそが人を動かしていると言っても過言でないように思える。
ならば「寿司」の始まり(ルーツ)はどこなのか?と考えてみたくなるのは私一人ではないだろう。
そんな鮨屋が探し求めた旅の目的地がMyanmar(ミャンマー連邦共和国)である。
(旅行記は許しを頂ければ別項にて。)
されどニホンゴそのままが英語辞典に乗ったほかの言葉とは「karaoke=カラオケ 」と「karoushi=過労死」だった。

昨年追加になった言葉もある、「umami=旨味(うまみ)」である。思いもよらぬ変化がいまも起こり続けている。益々面白くなってきた。

*注”yuppie(ヤッピー)”=young urban professional 1980年代にニューヨークなど大都市圏に住む裕福な知的職業人。
因みに現アメリカ大統領はそんな学生運動や富裕層とは一線を画す。Sushi・Sashimiは食べない。

 

 

おかめ鮨
長谷文彦