今年も師走がやってきました、大晦日には「年越し蕎麦」が吉例です。
そこで『蕎麦屋がお薦めするお蕎麦の食べ方』をご紹介しようと思います。
食べ物はすべからくそのものに適した食べ方があると識者が難しく論じますが、ご自分の好きなようにお食べ頂くことが最良の食べ方ではないかと私は思います。とは申せ、作り手としてこんな食べ方をして頂くとより一層美味しくお食べ頂けると言う提案が今回のお題です。
「お蕎麦」の美味しさ根源は「香り」と「のど越し」と言われております。この2つの売り物を存分にお楽しみ頂ける食べ方をご紹介致します。お蕎麦は噛んでお食べ頂くものではございません、「ズズズッ」とたぐり込むように吸い込みながらお食べ頂くとより美味しくなります。
蕎麦屋の店主が集まって蕎麦を食べると至る所から凄い音が聞こえてきますし、禅宗のお寺で食事の際に音を出して良いのは蕎麦の時だけという不文律があると聞き及びます。蕎麦を食べる時に音は欠くことが出来ないので大きな音が出るくらい思い切り吸い込んで「粋」にお食べ下さい。そうすると喉の奥から口の中に蕎麦の香りがきっと溢れ出てくると思います。
そして最初の一口はそば汁につけないで音をたててたぐり込むと、そのお店のお蕎麦の香りをお楽しみ頂けると思います。どのお店のお蕎麦もそば汁につけると感じる味はそのお店のそば汁の味です。一口だけでもお蕎麦だけを吸い込むようにお食べ頂くことをお薦めいたします。そしてその時に「この蕎麦にはどれだけ汁をつけるか」を決めて頂くのが「粋」な食べ方かと思います。決して落語の如く、箸でつまんだ蕎麦の先にだけ汁を浸けるのは粋ではない気がしております。お蕎麦にはその蕎麦に合った汁の量があるのです。私自身も「藪さん」での汁のつけ方、「砂場さん」での汁のつけ方、「更科」でのそば汁のつけ方は違います。
もう一つのお薦めは、乾くまでは行き過ぎですがお蕎麦の水気を少し切った状態にしてからお食べ頂く食べ方です。ほんの少しで結構ですのでお手許のお蕎麦を食べずに待って頂くとよりお蕎麦の香りを味わって頂けると思います。濡れたお蕎麦は水のベールをまとっているのです。ツルツル感はありますが、本来弱い蕎麦の香りがなおさら出てきにくいものです。お蕎麦は香りを大切にしますがそれ自体は穏やかで弱いのです。その為蕎麦屋では蕎麦の香りを阻害する香りの強い煎茶は避けられ番茶(近年はそば茶)が相場です。
最後に老舗蕎麦屋の考える『蕎麦とそば汁の関係』の不文律をご披露いたします。
(1) そば粉の割合の多い蕎麦ほど、当たりの強い濃い汁となる。
(2) 小麦粉が増えるにつれて、薄く穏やかな汁が合う。
(3) 蕎麦の色が濃いほどきつく、白くなるほど穏やかな汁。
(4) 蕎麦が細いほど濃く、太くなるほど穏やかに。
(5) 揚げ出しの蕎麦はきつく、水切りをした蕎麦は穏やかに。
と言うのがその一端です。生粉打ち(十割そば)の細切りが最も当たりのきついそば汁となり、 下のほうに少しだけ浸けて食べるのがベストとなります。反対に小麦粉だけで白くて太いうどんは関西風にみられる薄くて穏やかな汁となりますので、汁をたっぷり浸けてしっかり麺にからませると美味しく召し上がれると思います。是非お試しあれ。
芝大門更科布屋
金子栄一